カフェミホの番犬
カフェミホにはお犬様がおる。
それはそれは凛々しく、立派な番犬だ。
まるで人の言葉がわかるような反応を示すことから、利用客を惹きつける客寄せパンダの役割も果たしてくれる大変利口なお犬様だ。
そんなお犬様の名は源太(げんた)。
名付け親はそのカフェの店主、因幡 美穂(いなば 美穂)。
名の由来は死んだお父さんの名前が源太で、ただお父さんに似ている気がしたからだそうだ。
なんの因果か、そのお犬様は死んだお父さんの生き返った姿なのだと、だれも知る由などなかったのである。
1. 幽廊幻間
俺が死んだ日、それは娘の美穂が大学を卒業する、そんな晴れやかで大切な日だった。
死んで今更悔やんでも、何もありはしない。ただただ「すまない・・・すまない・・・」と言葉を垂れ流すだけ。
そんな事をどれだけ繰り返していただろう。
死んで、目が覚めた時、俺は先の見えない靄のかかった空間にいた。
「天国にしては暗い、地獄にしても殺風景。なんだここは?」
何が何だか、俺はおそらく死んだんだろうということしかわからなかった。
死んだ日のことはよく覚えている。
何せあんな大切な日におっ死んじまうんだから、笑うにも笑えない。俺の所為だ。
仕事を切り上げて、急いで車を飛ばしていたのがいけなかった。
こうなるんだったら、遅れてでも、娘の晴れ姿を見届けられるように・・・後悔先に立たずという言葉があるじゃ無いか。
こんなことで俺が生き返る訳でもない。
歩いて見回したが、永遠と空間が続いてるだけで何も無い。
これも地獄の一種なのか?無間地獄は聞いたことあるが、無限地獄は聞いたことが無い。
まぁ、死んだ後の世界など生きている者に知る術などありはしないのだから、そうゆう地獄もあり得るのかも知れない。
ぼーっと突っ立ってるより、歩いている方が幾分かマシだろう。何もない、こんな俺にはピッタリじゃないか。
時間の感覚がない。時間が経っているのか、止まっているのか、それすらわからない。
今や感じ取る体はないのだから、こんなふうになるんだろうと勝手に納得していた。
いつまで続くんだろう。
地獄ってのは自分の罪の意識を自覚し、それを償う場所だと思っていたが、罪の意識はしっかりある。
なんせ今でも思い返せば罪の重みで崩れ落ちてしまうほどだ。
償う・・・おれは誰に償えばいいんだ?神にか?両親にか?妻にか?・・・それとも、娘、美穂にか・・・・
そうだとしたらここでは償えない。直接会いに行ってやらねば、そうでもしなければ償えやしない。
ん?なんだ?正面の靄が晴れ、何やら人らしき影が立っている。
「償い・・・をご希望ですね・・・」
「誰だあんたは、この地獄の閻魔様か?」
「地獄、そう思われるならそれでも構いません。確かに、私はこの空間の管理人でございます。」
なんだこいつは、胡散臭いスーツ姿の男が目の前に立っている。
何だかわからないが、こいつからは人間臭い、そんな匂いがする。
「大変お困りの様子でしたので、私から、一つ、提案がございます。」
「あなたは生前、妻のため、娘のためとせっせと働く功労者であったと、お聞きしました。」
「そんなあなたに、是非請け負って頂きたい仕事がございます。」
はは、死んでも尚働かにゃいかんのか・・・こりゃとんだ災難だ。
「働いたら何になる?お金でもくれるってのか?そんなものがいる姿に見えるか。」
「いいえ、あなたが最も渇望していることを、私たちは提供できます。もちろん前払いで差し上げます。」
「ふん、そりゃ景気のいいこった。」
俺が最も渇望すること・・・それは・・・
「娘への償い、そのためにあなたは現世に戻りたいと望んでいらっしゃる」
「!?」
「結構。それではビジネスの話をいたしましょう。」
「申し遅れました。私はこう言う者です。」
そう言って、スーツ姿の男はヘラヘラと笑いながら、名刺を渡してきた。
「幽廊幻間統括管理人 兼・・・」
「異世界観光・文化株式会社 取締役社長・・・」
「大魔 縣喰ヶ陸(おおま かくくり)でございます。どうぞお見知り置きを・・・」
続く